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    二次元と三次元についての考察

    『レミリア様がいない現実を生きるのがつらいです』

    最近コメントで頂いた言葉ですが、これは本当に正しいのでしょうか?
    こうした言葉はある種の慣用句のように「レミリア様がかわいすぎて生きているのがつらい」などと形を変えて、よく見聞きしますし、私も何となく使う事があります。

    キャラクターを愛するが故の苦悩や、現実への不満等が見て取れる、共感できる言葉ではあります。
    (単に冗談交じりにキャラクターへの愛をアピールしたいだけの場合もありますが)
    しかし逆に、レミリア様がもし現実に存在したとしたら、本当にその苦悩や不満は解消されるのでしょうか?

    考えてもみてください、もしレミリア様が現実に存在したとして、我々のような何の能力も持たない平凡な人間が、関わりを持つ事が出来るような存在なのでしょうか?

    ・人知を超えた能力
    ・誰もが魅了される究極の美貌
    ・本能的に従わざるを得ない、内外からあふれ出すカリスマ

    こんな存在が現実に居たとしたら、「レミリア様に服従できる権利」を巡って戦争の一つや二つが起きてもおかしくないでしょう。

    そんなレミリア様と関わりを持つという事は、現実に例えるなら、「ロ○ア大統領の娘さんと結婚する」くらい、もしくはそれ以上の難易度ではないでしょうか?
    人間として最高クラスの能力を身に付けた上で、死を覚悟しつつ、宝くじで1等を当てるくらいの奇跡でも起こさない限り、無理でしょう。


    という事はつまり、レミリア様が二次元キャラだろうと、三次元に実在しようと、手の届かない存在である事には変わりがないと言えます。

    それだったらば、様々な制約に縛られる三次元に存在されるより、空想の中でいつでも会う事ができる二次元キャラである方が、むしろ幸せなんじゃないかと、私は思います。

    あと忘れてはいけない事は、「レミリア様が存在する二次元は、この三次元があってこその産物である」という事ですね。
    この認識があれば、この三次元に生きながら、レミリア様との繋がりを感じる事が出来ます。

    そもそも二次元と三次元は連続性、関連性のある物なのに、それを「次元が違う」と隔絶してしまっているのは、他ならぬ自分自身であるという事を、全ての二次元愛好家の方々に覚えておいて欲しいです。


    何かよく分からなくなってきましたが、結局は二次元だろうと三次元だろうと、欲求や不満は、自分が変わらない限り解消されないという事ですね。
    逆に、大抵の悩みは考え方一つで解消できる、とも言えます。

    私も5,6年くらい前までは二次元への渇望や現実への不満に苦悩していた気がしますが、日々「レミリア様レミリア様」と念じ続ける事で、いつしかレミリア様の存在をごく自然に感じる事が出来る境地に至っていました。

    こうなってしまうと手遅れなので、気をつけてください
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    レミリア様の魅力にすっかりやられてしまっている人。
    想いをこじらせて崇拝してます。
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    ・レミリア様(東方)
    ・東方VISION(カードゲーム)
    ・写真撮影(フィギュア)

    【好きなカード】
    ・聖尼公のエア巻物(VISION)

    ※プロフ画像はVISION仲間の画伯が描いてくれました

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